大規模修繕の検討で、最初に行うのが建物診断です。
目的は2つあります。
- 工事の範囲を決める — どこを、どこまで直すのか
- 判断の根拠を作る — なぜその工事が必要なのかを説明する材料
2番目を軽視しないでください。 総会で「なぜこの工事が必要なのか」と問われたとき、診断の結果が答えになります。
何を調べるのか
| 対象 | 調べること |
|---|---|
| 外壁(塗装仕上げ) | ひび割れ、浮き、剥離、チョーキング |
| 外壁(タイル) | 浮き、剥落、目地の状態 |
| シーリング | 硬化、ひび割れ、剥離、欠落 |
| 屋上・バルコニー | 防水層の状態、排水口、立上り |
| 鉄部 | 錆、腐食、断面の減少 |
| コンクリート | 中性化の進行、鉄筋のかぶり厚さ |
| 給排水設備 | 管の内部の状態(回数による) |
6番目が、他とは性質が違います。
コンクリートは、時間とともに中性化が進みます。 中性化が鉄筋の位置まで達すると、鉄筋が錆びやすくなります。
これは表面からは見えません。 試験によって確認します。
調査の方法
| 方法 | 内容 |
|---|---|
| 目視 | 外観の確認。最も基本 |
| 打診 | 叩いて音の違いで浮きを判断する |
| 赤外線調査 | 表面温度の差から浮きを推定する |
| 中性化試験 | 試薬で、コンクリートの中性化の深さを測る |
| コア採取 | コンクリートを抜き取り、内部を調べる |
| 内視鏡 | 配管の内部を確認する |
4番目と5番目は、建物に手を入れる調査です。 数か所で行い、全体を推定します。
すべての建物で、すべての調査を行うわけではありません。 築年数、前回の工事、気になる症状によって、必要な調査が決まります。
「なぜこの調査を行うのか」を、説明してもらってください。
誰に依頼するか
ここが、実は最も重要な論点です。
| 依頼先 | 特徴 |
|---|---|
| 施工会社 | 工事とセットで実施。費用が抑えられる場合がある |
| 設計コンサルタント | 第三者として実施。費用がかかる |
| 管理会社 | 提携先を通じて実施することが多い |
施工会社に診断を依頼すると、その会社が工事を受注する可能性があります。
つまり、必要な工事の量を、自分で決められる立場になります。
不正が起きるという意味ではありません。 ただし、チェックする仕組みが内側にないという構造です。
対策は、複数の見方を持つことです。
- 複数社に診断を依頼し、指摘の内容を比べる
- 診断と施工を分ける
- 診断の結果を、他社にも見せて意見を聞く
指摘の内容が各社で大きく違う場合、そこを掘り下げてください。
「無料診断」を受けるとき
施工会社が無料で診断を行う、という提案があります。
これ自体が悪いわけではありません。 受注につながる可能性があるから無料で行う、という合理的な仕組みです。
ただし、次を理解しておいてください。
- 無料である以上、受注を前提としている
- 診断の結果が、そのまま工事の提案になる
- 断りにくい状況が生まれることがある
「診断を受けたら、必ずその会社に発注する」という義務はありません。 最初にその点を明確にしておいてください。
そして、無料診断の結果を、他社にも見せて構いません。 比較の材料として使えます。
口頭の説明だけで終わらせないこと。書面が、後の判断の根拠になります。
そして、次回の修繕のときに、劣化の進行を比較する材料にもなります。
報告書の読み方
専門用語が並びますが、見るべき点は限られています。
1. どこに、どんな劣化があるか(部位ごとの状態)2. その程度(軽微か、進行しているか)3. 推奨される対応(今回やるべきか、次回でよいか)4. 数量の見込み(補修が必要な量)5. 調査の方法と範囲(どこを、どう調べたか)
3番目を確認してください。 すべてが「今回やるべき」となっている報告書は、判断の材料になりません。
優先順位が示されているかが、報告書の質を決めます。
5番目も重要です。 全面を調べたのか、一部を抜き取って推定したのか。推定であれば、実際の数量は変わり得ます。
診断の結果を、どう使うか
- 工事の範囲を決める
- 見積を依頼するときの、共通の前提にする
- 住民への説明の材料にする
- 総会の議案の根拠にする
- 次回の修繕のために保管する
2番目が効きます。 各社に同じ診断結果を渡せば、同じ前提で見積が出てきます。 比較ができるようになります。
5番目を忘れないでください。 12年後の理事が、今回の診断結果と比べて劣化の進行を判断します。
- 施工会社の診断のみで、範囲を決めた
- 報告書を受け取らず、口頭の説明だけだった
- すべてが「要修繕」となっており、優先順位がない
- 調査の方法と範囲が示されておらず、推定の精度が分からない
- 報告書を保管せず、次回に引き継げなかった
※ 本記事は一般的な整理です。必要な調査は建物の条件によって変わります。
付録:本記事で使用した専門用語一覧
| 用語 | 解説 |
|---|---|
| 建物診断 | 建物の劣化の状況を調べる調査。 |
| 打診調査 | 叩いて音の違いから、浮きや剥離を判断する調査。 |
| チョーキング | 塗膜が劣化し、粉状になる現象。 |
| 中性化 | コンクリートがアルカリ性を失っていく現象。鉄筋が錆びやすくなる。 |
| かぶり厚さ | 鉄筋の表面から、コンクリートの表面までの厚さ。 |
| コア採取 | コンクリートを円柱状に抜き取り、内部を調べること。 |