積立金が足りない。値上げするしかない。
理事としては当然の結論ですが、この議案は最も通りにくいもののひとつです。
理由は単純で、全員の毎月の支出が増えるからです。そして工事は、まだ先の話に見えます。
なぜ通らないのか
| 反対の背景 | 内容 |
|---|---|
| 負担が今すぐ増える | 効果を実感するのは何年も先 |
| 必要性が伝わっていない | 「足りない」という数字を見ていない |
| 事情がそれぞれ違う | 年金生活、住み替え予定、賃貸に出している |
| 進め方への不信 | なぜ今なのか、誰が決めたのか |
3番目は、感情ではなく事実の問題です。
- 高齢の区分所有者 — 年金からの支出が増える。工事の効果を受ける期間が短い
- 近く売却を考えている人 — 自分が使わない工事のために払うことになる
- 賃貸に出している所有者 — 居住していないため、実感が薄い
「みんなのため」という説明は、この人たちには届きません。 それぞれに違う事情があるためです。
いつ持ち出すか
工事の直前ではありません。
工事の見積が出てから「足りないので値上げします」と言うと、工事と値上げの両方に反対されることになります。
長期修繕計画を見直したときが、最も自然な時期です。
- 見直しの結果、将来の残高が不足すると分かった
- その事実を、総会で報告する
- 対応の選択肢を示し、値上げを提案する
この順序であれば、値上げは「計画の結果」として説明できます。 唐突な提案ではなくなります。
対策が決まっていなくても構いません。「このままだと足りない」という事実を先に出す。
対策の提案は、その次の総会でも間に合います。
説明の材料
感情ではなく、資料で説明してください。
| 材料 | 何を示すか |
|---|---|
| 長期修繕計画の収支表 | 何年後に、いくら足りなくなるか |
| 現在の残高と、月々の収入 | 今のペースでどうなるか |
| 工事の概算 | 必要になる金額の規模 |
| 公的な目安 | 自分たちの水準がどのあたりか |
1番目が最も強い材料です。 「残高がマイナスになる年」がグラフで見えると、議論が具体的になります。
4番目は補助的に使えます。 国土交通省の令和5年度マンション総合調査では、修繕積立金の1戸当たり月額の平均が13,054円(駐車場使用料等からの充当額を除く)とされています。
また、国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」では、建築延床面積の規模ごとに㎡あたり月額の目安が示されています。
ただし、平均と比べることには限界があります。 必要な額は建物ごとに違うためです。判断の基準は、あくまで自分たちの長期修繕計画です。
値上げの設計
一度に大きく上げると、反対が集中します。
| 方法 | 特徴 |
|---|---|
| 段階的に上げる | 負担感が小さい。複数回の決議が要る場合がある |
| 一度に必要額まで上げる | 手続きが一度で済む。反対が強くなりやすい |
| 一時金と組み合わせる | 月額の上げ幅を抑えられる。一時金への反対が出る |
1番目を選ぶ場合、いつ・いくら上げるかを最初に決めて示してください。 「とりあえず今回はここまで」だと、次の値上げでまた同じ議論になります。
将来の増額まで含めて一度に決議するという方法もあります。管理規約の定め方によって可能な範囲が変わるため、手続きを確認してください。
手続きを確認する
積立金の額をどう定めているかは、管理組合によって違います。
- 管理規約に金額が書かれている場合 → 変更には規約の変更が必要になり得る
- 総会の決議で定めている場合 → 決議の要件が異なる
必要な決議の種類を、議案を作る前に確認してください。 要件を満たさない方法で決めると、後から効力が争われます。
管理規約と、過去の総会議事録を確認してください。判断がつかない場合、マンション管理士や管理会社に確認することができます。
反対への向き合い方
- 「工事が終わってから考えればいい」という意見が出る
- 高齢の区分所有者から、負担への強い反対が出る
- 賃貸に出している所有者から、必要性への疑問が出る
- 一部の反対で議論が止まり、次の総会に持ち越される
- 値上げが通らず、一時金か借入を選ばざるを得なくなる
5番目が、実際に起きる結末です。 値上げを避けた結果、より負担の大きい方法しか残らないという形になります。
このことを、説明の材料にしてください。 「値上げをしない場合、どうなるか」を示す。一時金、借入、工事の縮小。それぞれの負担を並べると、判断がしやすくなります。
反対意見は、記録してください。 そして、次回の議案で答えてください。 一度で通らないことを前提に、複数回に分けて進めるという考え方もあります。
理事として引き継ぐこと
値上げは、一期の理事で完結しないことがあります。
- 現在の不足額と、その根拠
- 提案した内容と、反対の理由
- 次に何をすべきか
この3点を次の理事へ引き継いでください。 引き継がれないと、毎回ゼロから説明することになります。
※ 本記事は公表資料をもとにした一般的な整理です。必要な手続きは管理規約によって変わります。
出典:国土交通省「令和5年度マンション総合調査」(2024年6月公表)/国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」
付録:本記事で使用した専門用語一覧
| 用語 | 解説 |
|---|---|
| 修繕積立金 | 将来の修繕に備えて、区分所有者から毎月集める資金。 |
| 段階増額積立方式 | 当初を低く設定し、段階的に引き上げていく積立の方式。 |
| 均等積立方式 | 期間を通じて同額を積み立てる方式。 |
| 一時金 | 不足分を補うために、臨時に徴収する費用。 |
| 管理規約 | 管理組合の基本的なルールを定めたもの。 |
| マンション管理士 | マンションの管理に関する助言を行う国家資格者。 |