大規模修繕の話は、多くの場合、管理会社からの提案で始まります。
「そろそろ時期です」「建物診断をしましょう」「工事の見積を用意しました」。流れとして自然で、理事にとっては最も楽な進め方です。
そして、そのまま管理会社に発注するという管理組合は少なくありません。
この選択肢自体は、間違いではありません。 ただし、構造を理解しておく必要があります。
管理会社に任せる利点
軽視できない利点があります。
| 利点 | 内容 |
|---|---|
| 建物の履歴を知っている | 過去の修繕、不具合、住民の事情 |
| 窓口が1つで済む | 日常の管理と工事が、同じ相手 |
| 事務の負担が軽い | 総会の資料、住民への通知を任せられる |
| 住民への説明に慣れている | 管理組合の運営を日常的に見ている |
| 工事後の対応が続く | 引き続き管理を委託する相手である |
1番目と5番目が、他社にはない強みです。
この建物で何が起きてきたかを、最もよく知っているのが管理会社です。そして、工事が終わった後も関係が続きます。
排除する理由はありません。
構造上の注意点
管理会社は、組合から管理を委託されている立場です。同時に、工事を受注する立場にもなり得ます。
この2つが重なると、利益が相反する構造が生じます。
- 提案する側と、受注する側が同じ
- 金額の妥当性を、提案した相手に検証してもらうことになる
- 比較する相手がいなければ、その金額が基準になる
不正が起きるという意味ではありません。 チェックする仕組みが外側にないという、構造の問題です。
そして、多くの場合、管理会社は元請となり、実際の施工は協力会社が行います。 その分の費用が、金額に含まれます。
提案する側が施工する側でもある、という形。
対策も同じで、複数社から見積を取ることです。
確認すること
管理会社の提案を検討すること自体は、問題ありません。 問題は、それしか見ないことです。
1. 他社からも見積を取る2. 同じ条件で依頼する(範囲、数量の拾い方、様式)3. 管理会社が元請か、紹介かを確認する4. 管理委託契約の範囲に、この業務が含まれるかを確認する5. 比較した結果を、記録に残す
3番目を確認してください。 管理会社自身が請け負うのか、施工会社を紹介するだけなのか。費用の構造が変わります。
4番目も重要です。 大規模修繕に関わる事務が委託契約に含まれているのか、別途の費用が発生するのか。曖昧なまま依頼すると、後から請求が来ます。
断りにくさという問題
実務上、これが最も大きな障害です。
日常の管理を委託している相手に、「他社にも見積を取ります」と言いにくい。 そして、選ばなかった場合、その後の関係が気になる。
しかし、相見積もりを取ること自体は通常の手順です。
- 管理会社にも、他社と同じ条件で見積を出してもらう
- 比較することを、最初に伝えておく
- 選定の基準を明示する
最初に伝えておけば、後から気まずくなりません。 「複数社で比較する方針です」と先に共有してください。
そして、比較したうえで管理会社を選ぶなら、その判断には根拠があります。 住民にも説明できます。
比較せずに決めると、後から「なぜ比べなかったのか」と問われます。
提案を検討するときの見方
管理会社からの提案書を受け取ったら、次を確認してください。
- 建物診断の結果にもとづいているか
- 工事の範囲と、その理由が書かれているか
- 見積に数量と単価が並んでいるか
- 修繕と改良が分けて示されているか
- 元請となる会社と、施工する会社が示されているか
4番目を確認してください。 宅配ボックスや照明のLED化といった改良工事が、修繕と混ざって計上されていることがあります。
必要な工事と、あったほうが良い工事は、分けて判断すべきものです。
- 1社の提案のみで、比較の材料がない
- 委託契約の範囲が曖昧で、別途の請求が発生した
- 元請と施工者の関係が示されず、費用の構造が見えない
- 修繕と改良が混在し、必要性の判断ができない
- 断りにくさから、実質的に選択肢がない状態になった
5番目が、最も避けたい状態です。
選択肢がある状態を作ることが、理事の役割です。そのうえで管理会社を選ぶのであれば、それは正当な判断です。
判断を記録する
工事の後、住民から「なぜ管理会社なのか」と聞かれます。
- 何社を比較したか
- 管理会社の提案の、どこが優れていたか
- 金額の差と、その理由
この3点があれば、説明できます。 記録がなければ、「言われるままに決めた」と受け取られます。
※ 本記事は一般的な整理です。委託契約の内容は組合によって変わります。
付録:本記事で使用した専門用語一覧
| 用語 | 解説 |
|---|---|
| 管理委託契約 | 管理組合が管理会社に業務を委託する契約。 |
| 元請 | 発注者から直接工事を請け負う会社。 |
| 利益相反 | 一方の利益が、他方の不利益になる関係にあること。 |
| 責任施工方式 | 施工会社が調査・設計・施工をまとめて担う発注方式。 |
| 改良(グレードアップ) | 元の性能を超える状態にする工事。修繕とは区別される。 |